「福音館書店の年収、すごいってよ」
というのはネット上ではごくありふれた話題らしい。
財務省の職員や
四大IT企業GAFAの社員や
ソフトバンクのプロ野球選手の報酬がすごいということくらい、多くの人が分かりきった了解事項だという。
しかし、出版界における福音館書店の知名度は決して高いとは言えない。
メジャーどころの講談社や集英社は元より、宝島社や幻冬舎といった中堅よりも世に知られていないのではないだろうか。
また絵本をお子さんに読み聞かせしている親御さんたちでさえ、名作絵本の多くが福音館から出ていることを、それほど知っていないのかも知れない。
それでもネット上では福音館の評判がすごい。
年収の多い最たるホワイト企業として知られ、ウソか本当か、あの経団連よりも人気があるという。
絵本販売ってそんなにもうかるのか?
なぜ年収が飛びぬけて高いのか。そういった謎を少しだけひもといてゆこう。
福音館書店はお客さま視点の買い切り制度で地盤固め
まず福音館書店の始まりは、1916年、カナダ人のキリスト教宣教師の伝道にある。
聖書などの経典関連の本を書店で売ろうとしたのだ。
太平洋戦争によって宣教師が帰国して以降は、現在の福音館書店の名前になって日本独自の経営方針になった。
福音館は草創期に、月刊誌販売を買い切り制度にしたことで大きな購買層を得たという。
ここに飛躍の最たるポイントがあるように思える。
起源に西洋人を持つからか、1950年代から欧米流のこの流通方法を採用したのだ。
それは非常に画期的だった。
買い切りとは出版社が書店に自社の本を売る時に、文字通り買い取らせるやり方のことだ。
そうすれば書店はバーゲンセールもできて、売り上げUPにもつながる。
一方、未だに日本の出版流通の多くは委託制と再販制に縛られ、書店は出版社から本を預かっているだけだ。
そのため定価に縛られ、事実上、独禁法に違反する寡占状態になっている。
一方で、良質の本を書店に並べるという文化的な貢献を果たしてきたのも事実だ。
だが、それも昔の話であり、現在の出版不況の元凶にはこの2つの制度があるというのが定説になっている。
流通方法の議論の是非はともかく、福音館は日本の慣例に逆らい、最初からお客さん目線でビジネスを始めたと言える。
福音館書店は最初の一歩から成功し、その後、児童書の一大権威を築くことになる。
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福音館書店の名作絵本ストックという半永久的な収益回収システム
福音館書店の社員の平均年収は一般に、1200万円といわれている。
プロ野球選手でも1000万台を突破するにはレギュラーで主力にならねばならない。
それを60代過ぎの退職の日までもらえるのだから、ほとんど奇跡的な企業とさえいえる。
ちなみに60歳社員のボーナスは2回合計で500万円近くになる。
年収が高いということは、当然、福音館書店がそれ相応の利益を生み出しているということだ。
そのベースにあるのは買い切りの流通制度と共に、ロングセラーの名作絵本を数多くストックしていることがあるだろう。
『ぐりとぐら』
『怪傑ゾロリ』
『魔女の宅急便』
といった作品は、子どもに絵本を読み聞かせしたことがない人でも、一度は耳にしたことがあるのではないか。
誰もが知る絵本販売網と言えるものであり、一般に『ぐりとぐら』だけで30億円規模のマーケットがあるという。
一般的に、こども産業というのは手堅い。
特に福音館の名作絵本のように、文化的に権威づけられ、社会のお墨付きをもらった事業は、橋や高速道路などの公共インフラなみの安定収入源になる。
少子化時代でも子どもは次々に生まれる。
子どもが年長になって絵本に飽きても下からまた子どもがでてくる。
なので、いわば過去の権威をリサイクルする惰性経営でも、充分に収益を生み出せるのだ。
しかも、福音館の流通先の半分は、病院、保育所、図書館といったいつまでもなくならない社会インフラの基盤だと言われている。
今後、紙の本がタブレット、ホログラムと移行しても根っこの版権は同社にあるので、大きなリスクはないだろう。
名作絵本のストックは福音館にとって、半永久的でオートマティックな収益回収システムとも言えるのではないか。
これはもしかすれば、ビートルズやストーンズの版権を持っていること以上に、手堅い収益基盤と言えるのかも知れない。
福音館書店の収益は幹部の保身のためではなく、働く社員への報酬に使われる
長時間労働や過労自殺のニュースなどで悪名高いブラック企業の対に、ホワイト企業がある。
福音館書店はホワイト企業の最たるものとしても有名だ。
最も大きな特徴は、従業員に対する収益の還元率にあるという。
確かな数字は明らかにされていないが、企業利益の大半が働く社員たちにくまなく分配されているそうだ。
その元には、書店の起源となったキリスト教の倫理観、つまり公平性があるという。
福音館書店は、内部留保金が少ないことでも有名だ。
内部留保とは企業が倒産した時に備えて普段から貯めておくお金のことであり、日本の民間企業のそれは400兆円以上だそうだ。
これは一年の日本の国家予算全体の4倍に当たる数字であり、とてつもない額だ。
ゆえに日本経済が前に進めない最たる原因とも言われているものである。
その最たる目的は会社のためではなく、少数の企業幹部の保身にあることはほぼ間違いない。
大半の大企業は、収益の多くを社員へのねぎらいに使うのではなく、おえらいさん方の保険に使うというワケだ。
だが、福音館は違う。
買い切りの流通制度と共に、同社は内部留保を排した高い収益還元率でも時代の先を行っている。
年収以外にも、福利厚生の厚さや徹底した時間内労働、また絵本作成というマイルドな業務内容でもホワイト路線を突っ走っている。
人生における富裕と安定というほぼ相容れない2つを手に入れたいのであれば、福音館書店ほど最適な職場はないだろう。
だが、もちろん就職は難しく、その倍率は3000倍と言われている。
これはNHKあさドラのヒロインが受けるオーディション合格率ともほぼ重なる。
絵本の世界に飛び込むにも、その先には現実の大きな壁が立ちはだかっているのだ。
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