バンクシーという名前は、日本でもすでに市民権を得たのではないだろうか。
最近のマスコミを見ていると、レディー・ガガやスティーブ・ジョブズくらいのレベルで浸透しているように思える。
バンクシーは名声を拒む匿名の路上アーティストである。
その一方で世界中のニュースを騒がせる存在でもある。
つい先日も、フランスにある劇場の非常扉に描かれた彼の絵が盗まれて大騒ぎになった。
2015年、パリ同時多発テロの被害にあった劇場であり、絵は復興のシンボルになっていた。
数週間前、東京でもひと騒ぎあった。
港湾地区の防潮扉にネズミの落書きがあり、それがバンクシーの手によるものだと判明し、大ニュースになった。
何よりバンクシーが最も注目を浴びたのは、自作『風船と少女』がオークション会場で、落札と同時にシュレッダーにかけられた事件だった。
このようにバンクシーとは、今やアートの世界を飛び越えて唯一無二の存在感を放っていると言える。
なぜ、バンクシーがそこまで騒がれるのか。
これまで公開された話題の映画、芸術活動、そしてオークションをまじえ、その謎をひもときたい。
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すでにバレている素性、話題の映画にも脱アート志向
匿名ながら、バンクシーの正体はすでにほぼ確定している――7人組のグループ・アーティストだという都市伝説もあるらしいが。
1973年生まれ、ロビン・カニンガムと言う名のイギリス人で、ワーキングクラス(労働者階級)出身。
若い頃から問題児で、何度か逮捕されたこともあると言う。
芸術テロリストとして初めて注目されたのが30才過ぎのころ。
ニューヨークのMOMAなど、世界中の有名美術館に侵入し、自作アートをこっそり分からないように展示し、その後にあれは「俺の絵だ」とSNSで犯行声明を出して世間を驚かせた。
まさに、テロリストと同じ手口である。
一方で、バンクシーのテーマは平和、格差是正、反キャピタリズムといった所にある。
イスラエルが築いたパレスチナの壁に描かれた『少女と風船』の絵や、原始人がショッピングカートを押している絵などが象徴的と言える。
ここに世界的なムーブメントの原動力があるのではないか。
人気に伴いバンクシーはいずれも話題になった3本の映画を作っている。
1作目『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』では、自らの追っかけだった無名の人物を一大アーティストに仕立て上げる物語を通じて世の名声の浅はかさを示した。
2作目『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』ではアート作品が美術館やアトリエなどではなく、街角など、人の暮らしの中に息づいているものだということを訴えた。
3作目『バンクシーを盗んだ男』では高額取引される自身の絵を軸に、政治的メッセージを打ち出した。
このように、バンクシーは映画でも表現の枠を超えて、現実に直接コミットしようとしている。
なぜバンクシーの絵は超高額になるのか
バンクシーの絵はそもそもグラフィティ・アート、つまり橋やトンネルなどの公共物に描かれた落書きに過ぎない。
それがなぜここまで高額になったのか。
あのシュレッダーで裁断された絵の元値は1億5000万円だったが、後日、逆に1億円近くの付加価値がついたらしい。
キッカケはやはり芸術テロリスト活動になるだろう。
そこで世間の注目を浴びることで名声を得て、さらにセレブの後押しもあった。
ブラッド・ピット夫婦が2億円で彼の作品を買ったり、ジャスティン・ビーバーが彼の絵のタトゥーをしたりしたことも、バンクシーの価値を上げることになった。
そもそも超高額な値段がつけられるのは、バンクシーの絵に限ったことではない。
セレブたちの中には底知れぬ虚栄の持ち主がいる。
彼らの自己アピールを満たすものとして、際限なく値段を上げられるアート作品のような抽象物はうってつけだ。
バンクシーの絵もそういうセレブが集うオークション文化に取り込まれ、超高額になったと言える。
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なぜバンクシーは世界を騒がせる人気者になったのか
素性は広く知られながら、バンクシーは未だに匿名性を帯びている。
その名前のなさ、いわば誰でもありうるというアイマイさが、世界的な人気につながっているのは確かなことだろう。
匿名だからこそ作品に触れた誰もがそこに自分自身を投影させやすく、親しみをもてるのだ。
逆に、その政治的なメッセージ性は受け手を限定させかねないものだ。
だが、バンクシーが掲げる世界平和や格差是正は現代社会の根幹にある問題であり、多くの人を取り込むポテンシャルがある。
バンクシーの絵がグラフィティであることも人気のポイントだろう。
公共場における落書きとはやはり卑しく低俗なものだ。
それをアートのど真ん中に持ってきたことが、芸術家としての彼の最たる功績ではないだろうか。
ビートルズは低俗だった黒人ロックをポップスの真ん中に持ってきて歴史に名を残した。
グラフィティもまた起源はヒップホップの黒人文化にある。
革命的とも言える人気者とはいつの時代も、世界の隅っこにあるものにスポットライトを当てるものなのだろう。
バンクシーの落書きが人気を得たのは、各国の行政機関の協力もあってのことだろう。
バンクシーのアート活動は違法な落書きでありながら、イギリスを始め今や世界何十カ国で彼の絵が見られる。
なぜ、各自治体は沈黙しているのか。
それはやはり、カネになるからである。
バンクシーの絵には集客力があり多くの観光収入にもなる。
パレスチナでは、壁にある彼の絵のおかげで同地区のホテルは世界一ながめが悪いと言われながら、いつも観光客でにぎわっているという。
わが日本でも、東京都知事、小池百合子は防潮扉に描かれたバンクシーの絵と一緒にとった笑顔の写真をツイッターに上げた。
だが、そこに描かれたネズミは、バンクシーが多用するこの世の終わりのメタファーである。
つまり彼は意図せずして、政治家と終末の最適な2ショットを世に送り出したことになる。
そういう所に、この匿名アート・テロリストの人気の秘訣があるのだろう。
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