阪急電鉄の炎上広告はやりがい搾取?オリンピックとボランティアの裏側!

「毎月50万円もらって毎日生き甲斐の無い生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか(80代研究者)」

この阪急電鉄の中吊り広告がSNSで大炎上した。

新聞やTVニュースにまで取り上げられたので、ご存知の人もいるだろう。

 

関西路線の1つ、阪急電鉄が現在「はたらく人たち」をテーマにしてさまざまな広告メッセージを中吊りにした企画列車を運行させている。

2019年、6月1日から30日までの予定だが、騒ぎを受けて先の広告がある列車は10日で運行を取りやめることとなった。

 

一見すると、この広告は、お金よりもやりがいある仕事を大切にせよという、まっとうな意見のように映る。

だが、よく見てみると富裕層の上から目線や、やりがい搾取といった問題点が浮かび上がってくる。

そして、おそらく多くの人の怒りを買った一番の理由とは、やりがいのある仕事をあきらめざるをえない庶民の現実への無知、無理解なのではないか。

阪急の広告メッセージによって浮かび上がる日本の労働環境を、オリンピックのボランティアなども交えて考えてゆきたい。

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阪急電鉄の中吊り広告の庶民を置き去りにしたメッセージ

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炎上した阪急電鉄の中吊り広告は、第一にその金額の高さが非難の的になった。

毎日何もしないで50万円もらえる人や、仕事にやりがいを感じながら30万円もらえる人たちは当然、恵まれた人たちだ。

 

前者は高額年金所得者や資産運用のマネーゲーマー、後者は大企業の正社員や夢を叶えた人たちを想像させる。

中吊りのあった電車の沿線は富裕な地域だったらしく、阪急の広報はそこをターゲット層にして、やりがいのある働き手を後押ししたかったのだろう。

 

最近、政府は70歳まで現役で働くことを大いに奨励し始めた。

阪急はおそらくそこを勝手に忖度して、資産を持つより、働き続ける人生の方がいいとアピールしたかったのだろう。

そして、それだけでは過労をあおるので、やりがいという要素を加味したのだ。

 

だが、そこには大きな落とし穴があった。

富裕層の多い地域でも、電車通いの働き手のほとんどが月収20万円以下の庶民だったのだ。

阪急の広告の製作者は現政権と同じ現状認識のズレを見せたと言える。

 

つまり、好景気だから富裕層もどんどん増えていると思っていたのだろう。

だが、実際、格差は拡大し、貧困層に落ちる中間層が年々増えている。

今の好景気とは、ごく一部のリッチや大企業により大きな富が流れていっている結果起こっているだけのものなのだ。

 

この阪急の中吊り広告を見た人たちの多くは、ああ、偉い人たちには、自分たちの姿が見えてないんだと思ったはずだ。

阪急で通う普通の働き手たちの多くは、単純に高い金額設定に嫉妬したのではない。

彼らは、恵まれた人たちに見過ごされ、置き去りにされたことで腹を立てたのだ。

阪急の中吊り広告だけじゃない!富裕層を喜ばせるオリンピックのやりがい搾取

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やりがい搾取だという非難も目立つ。

やりがい搾取とは、やりがいや好きな仕事といったアイマイなプラス要素を明確なインセンティブにして、報酬から差し引くことだ

要はやりがいをだしにして、労働者の正当な報酬からどれくらいかを抜き取るということだ。

 

阪急の中吊り広告は、確かにこのやりがい搾取に当てはまる。

本来は50万円もらえる能力のある人を、やりがいで誘導して20万円も報酬が低い仕事につかせるとも読み取れるからだ。

 

やりがい搾取とは昨今のブラック企業の特徴である。

しかし、搾取自体は大昔から資本家が行ってきたものだ。

なのでこの点でも、阪急の中吊り広告は、富裕層への反発を買うものだったと言える。

 

やりがい搾取と聞いて、2020年の東京オリンピックのボランティアを思い浮かべる人も多いだろう。

公式発表によると、無報酬で、交通費や食費の支給は活動中のみ、1日8時間以上、10日間続けて働くことができる人がその対象になっている。

誰が一体、そんなことをやりたがるだろう。

だが、実際、10万人の希望枠に対し、20万人以上の人が登録しているようだ。

 

オリンピックという名誉だけのためにお金と時間と労力を惜しみなく費やせる人とは、一体どんな人なのだろう。

東京在住の学生も少しはいるだろう。

しかし、彼らの大半は富裕層の若者であるはずだ。

災害ボランティアでも、そのほとんどがNPOなどに属する富裕層である。

 

オリンピックのやりがい搾取のターゲットは富裕層になる。

だが、彼らは持てる者たちなので、誰かに搾取されても痛くもかゆくもない。

彼らは恵まれているので、ただ社会に恩返しがしたいだけなのだ。

 

つまり、世のやりがい搾取とはまったく違うものだ。

だが、1つ共通点がある。

どちらの搾取も富裕層を喜ばせるものだということだ。

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やりがいを捨てざるを得ない庶民の現実

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阪急の中吊り広告をよく読むと、ある大前提があることが分かる。

それは、誰もが努力すれば、やりがいのある仕事につけ、かつ高収入が得られるということだ。

広告には「仕事に行くのが楽しみでしょうがない人」が月に30万円ももらっている。

それは現実とはほど遠いことだ。

 

2014年に内閣府が行った国民調査では、働く目的は何ですか?という問いに対し、51パーセントの人がお金のためと答えた。

一方で、8.8%と最も低かった理由は、「自分の才能や能力を発揮するために働く」だった。

 

また、世界的な求人サイト「Indeed」の調べでは、仕事の満足度という点で日本は調査対象となった35カ国中、最下位だった。

これが日本の労働環境の現実を何よりも物語っている。

ほとんどの日本人、つまり庶民は生活のために仕事をしており、やりがいや夢といったものには無縁なのだ。

 

だが、ここが肝心なのだが、庶民はやりがいや夢に無関心なのではない。

誰だって自分が好きなことや社会をより良くするようなことを仕事にしたい。

だが、世の中にあるいい仕事や魅力的な仕事とは、そのほとんどが競争率が恐ろしく高いか、低賃金なのだ。

 

なので、どんなに努力しても競争に負けてしまったり、仕事につけても生活ができなくなったりする。

つまり、庶民の多くは、やりがいや夢を捨てざるを得ないような状況に置かれているのだ。

やりがいのある仕事と高収入を結びつけた阪急の中吊り広告は、そういう現実をまったく理解していない。

まるでお金のためだけに仕事をしている人が、やりがいも持たない自堕落な人だと決めつけているような文句にも見える。

 

おそらく、この点こそ、このメッセージ広告が庶民の多くの怒りを買った最大の理由ではないだろうか。

やりがいのある仕事につけている人には、先のオリンピック・ボランティアのように生活を気にする必要のない恵まれた人たちも数多くふくまれているだろう。

だが、庶民はやりがいだけで生きてはいけない。

阪急の広告も日本政府も、やりがいのある仕事よりも先に、やりがいと生活が両立できる労働環境を訴えなければならない。

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